2017年05月08日

GW

GWゴロゴロしてた。
そしたら生きるのが嫌になったw
生きる意味とか考え出しちゃって、
頭おかしくなりそうだった。
生きる意味など無い。
いつか死んでしまうのに
意味を求めてはならんのだ。

みんな、自分は死なないと思ってるけど
いつかそのうち、ほっといても死ぬし。
そして、死んだら、まずは肉体が失われ
(第一の死)、そして、そのうち、自分の
出会った人たちの記憶から失われる(第二の死)。
そしたら何も残らずスッキリじゃねえの?w

おぎゃあと生まれたその日から死に向かうのが
生きるということなのだ。

毎日毎日、明日死ぬかもしれないと考えて
生きることが、生きることなのだ。
それがいつか、本当になる日がくるだけなの
だから。ただ単に、寿命が尽きるだけなのですが。

「死んだらそれでおしまいよ」という考え方であります。
死んだらゼロです。あの世などありません。そう考えて
おりまっする。
posted by MG5 at 21:21| 日記 | 更新情報をチェックする

「切ない愛のうたをきかせて」

小田和正さんと言えば、「ラブストーリーは突然に」ですが、
なぜ最近自分が小田和正さんの曲をあまり聴かなくなったか
考えてみた。
注)私は小田和正さんの大ファンです。

それは、表題にもあるように、「切ない愛のうたをきかせて」
くれなくなったからだ。
オフコース時代は切ない歌が多かった。叶わぬ恋の歌。
「さよなら」然り、「哀しい愛を終らせて」然り。
いつのまにか、私は、小田和正さんに、切ない歌を
求めるようになっていた。
ソロ活動でも、「1985」とかは本当に切ない。
だって、"夏がゆけばすべて終わる"んだもん。

最近の曲は、なんか、メッセージ性の強い応援歌が
多い気がする。違う違う、そうじゃない。私の聴きたいのは
切ないラブソングなんだ。叶わぬ恋なんだ。

うーん。アーティストに、ずっとそのままでいてというのは
酷なのかもしれない。つまりは、私が歳をとったということ
なのかもしれない。歳をとると変化が怖いのだ。「今までの」
「いつもの」が欲しいのだ。

で、あんまり関係無いかもしれないけど、小田和正さんのアルバム
「K.ODA」には、ドラムで今は亡きJeff Porcaroが参加しているのも
聴きどころであります。TOTOファンにはたまらない1枚ではない
でしょうか。垂涎ものであります。

あのRandy Goodrumもオフコースの「Back street of tokyo」に
作詞参加してるし、この当時の小田さん界隈はTOTO人脈に
溢れていたのでした。まる。
posted by MG5 at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 番外編 | 更新情報をチェックする